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ゲームの真髄 [その他]

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 ゲームの真髄はボード・ゲームにあると思っている。デジタルなゲームを否定する気なんて毛頭ないのだけれど、ただただ僕の身体に馴染んでいるのがボード・ゲームという事なのかと考える。モニターを凝視し、せわしなくコントローラーを操作しなければならないのは、衰えが加速する眼球と手のひらが疲れる。砕けかけの脳みそに対する刺激も大きすぎる。登場する標的を打ちのめしスカッとしようという気にもなれないのは、その感覚に何かしらの拒否反応を持ってしまうからだとは思う。

 写真のボード・ゲームはバンカースとサーカスゲームである。僕はガキの頃にこれらを所有しており、いくつかのボード・ゲームや、フィルムをセットして覗き込むと立体3D画像の出現する眼鏡、大切な8マンのグッズ、お気に入りの本なんぞを、段ボールの箱の中に宝箱として大切に保管していた。しかしある時、学校から帰ると親父が勝手にその箱を処分していたという、とてつもなく悲しい思い出がある。しかし、20代半ば、ゴミをあさるのが趣味である僕はデッドストック状態の、かつて所有していた三種のボード・ゲームとの再会を果たしたのであった。

 バンカースは1953年に「はなやま商店」から発売されており、昭和30年代から40年代にかけてはガキどものインドアゲームにおける大関クラスの存在だったように記憶している。当時、本物の紙幣を持つ事など夢のまた夢であった僕らは、おもちゃの紙幣を手にして少し成長したような錯覚に陥り、鼻高々で銀行と取引する喜びに浸っていたのである。しかしながら大人達は「子供の頃からお金で遊んでたらあかん!」等と説教し否定する傾向にあったのだけど、否定されればされるほど欲求を満たそうとして、バンカース容認派の友達のお家を集合の場所とし対決の場としたのだった。

 厚さ3.5ミリの厚紙に、整然とデザインされた郷愁をそそる見事な図案、ラミネートされたその盤は妖しく輝き、駒を多少乱暴に扱おうがダメージを受ける事等無く常に鮮やかに僕らを迎えてくれる。写真右のサーカスゲームなんぞは、二つ折りのそれを両手で開けるだけで幸せな気分になったし、今でもそれは変わらない。そのサイコロと駒を収納したブリキ缶のキュートさ加減は絶滅危惧種に指定しても良いぐらいだと思っている。サイコロを跳ねさせて対戦相手の様子を伺いながら駒を進める事はあくまでアナログであるけれど、コミュニケーションをもう一歩奥に進めようとする、愛に溢れた時間であった。

 電車の中でゲームに興じている人達をよく見かけるけれど、電車内でそろそろボード・ゲームの時代の周期がやって来てもおかしく無い。偶然隣り合わせた人にサーカスゲームの挑戦をし、揺れる中サイコロを振り、床に転がり落ちたサイの目を確認し、「あっ、75番や! 51番まで落下やな、かわいそやな〜」などと言いながらゴールを目指すのである。そんな光景を見てみたい・・・。


ガロート珈琲は10月2日水曜日が定休です。他は通常営業です。よろしくお願いします。
店主

 
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